登校するように美術館

こんばんわ。りんこです。
 
今日も主人は会社に行ってしまいました。
明日も大晦日ですら行くとか。
全くお忙しい人ですが、
私が美術館に行くときには
よく付き合ってくれます。
 
今日は新宿
損保ジャパン東郷青児美術館の
所蔵作品展へ。
 
東郷青児を冠とする美術館ですが
所蔵作品のお目当ては彼の作品ではありません。
もう、まっしぐらに
グランマ!
グランマ・モーゼスの絵が見たくって!
 
前回、ベルギー近代美術を見たときに
数点の展示がされていましたが
他の作品が見たくて見たくて
楽しみにしていたのです。
 
とはいえ、
言ってみれば、
東郷青児の
「超現実派の散歩」は
とてもかわいらしい作品に思えて
お気に入りになりましたし、
おなじく
「紫」の女性の
あまりにも淡い瞳の色は
とても印象に残るもので
素敵な作品だと思いました。
 
その次に現れたのが
岸田劉生をはじめとした
日本洋画家の作品群
次が
日本画が5点
先日お亡くなりになった
平山郁夫氏の作品もありました。
 
それから海外の作家に移り
グランマの作品群
5人ものお子さんを早くに亡くされ
ご主人に先立たれ
筆を持ったグランマ
 
まるで子供が書いた絵の様な
無邪気さで
大人の包容力溢れる温かい作品
 
男が働く姿
女が見守る姿
子供が遊ぶ姿
カップルが寄り添う姿
 
全ての絵からにじみ出ているのは
働くことの喜びや
家族や愛する者といることの幸せ
 
素朴だけれど温かい
 
寒い季節に
本当にあたたかな心持ちになりました。
 
なんと素晴らしい絵だろうと
つくづく感じました。
 
あとはルオーの作品
「連作・悪徳の華」
 
エッチングの連作で
詩集「悪徳の華」に感化されて
作られた作品群。
白と黒で描かれたキリストや悪魔たち。
キリストはキリストなのに、
悪魔とタイトルがついた作品の
やたらと人間っぽい顔が
印象に残りました。
 
人と悪魔は紙一重。
 
とでも言うのでしょうか。
 
主人のこの本の山のどこかには
悪徳の華が眠っているらしいのですが
私にそれを掘り起こす自信はありません 苦笑
 
「本を読まなくても
 この作品は好きか嫌いかという判断に
 寄るんじゃないかな。
 読まない方がおもしろいかもよ。」
と、主人に言われ
「読んだからこそ言える感想言っちゃって・・」
と、少し羨ましく思ったり。
読んでから見るのと
読まないで見るのとでは
違うじゃない?と思うのでした 笑
 
とにかく、今回はグランマが見れて良かった。
 
これでまだまだがんばれそうです。
 
さて、
主人と別れて←会社に向かう(ちなみにまだ帰ってこない)
新宿紀伊国屋に足を運び
珍しくビニールカバーの掛かっていなかった漫画を
立ち読みしました。
 
前から気になっていた
「星守る犬 村上たかし」
たしかダビンチでオススメされていたような。
そして、まんだらけでもブックオフでも値が下がらない。
 
思わずタイトルにある短編1作品を読み切り
思わず涙目に 泣
 
おすすめの漫画です。
 
明日はニューオータニ美術館に行ってきます 笑
 
ほんと、美術館三昧 苦笑
 
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感情の圧縮と2匹の龍

こんばんわ。りんこです。
 
主人に宿題にされた小説がなかなか進まず
と、いうか、結局
卒論がなかなか進まなかったのと同じ状況に 苦笑
 
「りんこ、ボーナス下がった分は
 りんこがそれを書かなきゃいけないんだよ。
 ちゃんとやらないと、お家を追い出されちゃうよ。」
と、冗談交じりに、目はかすかにも笑わずに
主人が言うのです 笑
 
専業になったことを少しむなしく思う事のあった私に
ちゃんと叱咤しながら仕事を与えてくれる主人は
なかなかなものだと思うのです。
 
うまくいけば、職業婦人的専業主婦になれるかもしれません。
 
代表的な方だと
栗原はるみさんとか、竹内まりあさんとか。
 
彼女たちは専業主婦が好きなのだそうです。
だから、あくまで専業主婦。
でも、大いに活躍なさってますよね。
 
私も頑張ろう。
今日はハンバーグ!
 
さて、天皇誕生日、
主人と二人で練馬区立美術館に行ってきました。
 
菅原建彦展 
 
私は普段殆ど洋画か写真しか見ていないので
たまに、こういった違った趣向の展示を見に行くことにしています。
今回は日本画。
菅原建彦という方も存じ上げないまま、
正直、あまり期待せずにみにいったのですが、
 
迫力が爆発していました。
 
ずいぶんとじっくり見てしまいましたぁ・・・。
 
回顧展とのことで
卒業制作を含む初期作品から
2009年作の超超超大作まで
ダイナミックな作品が
惜しげもなく展示してありました。
 
かなりのサイズの作品がありましたが、
作品がガラス越しでないことが
とても素敵に感じます。
 
最近、新しくなった根津美術館にも行ったのですが、
高級感のある美術館ではありましたが
あらゆる茶道具の展示で
壺型のものには上に蓋がしてあり口が見えず、
螺鈿の美しい硯箱は少し高めの所に展示してあり。
 
背の低い叔母とみに行ったのですが、
少し残念そうにしていたのが印象に残りました。
 
やはり、展示物は肉眼に直に触れることによって
進化を発揮するのだと思います。
 
そういったところでは
今回の展示は本当になにも出し惜しみすることなく
展示してあったのは、素晴らしいと思いました。
 
この芸術家さんの作品はとにかく大きい。
 
卒業制作からしてかなりのおおきさなのですが、
最新作である、「雷龍図」「雲龍図」が
もう、びっくりする位に大きい!
 
杉の板に描かれた
途方もないサイズの絵。
 
美術館入ってすぐのエントランス
吹き抜け一杯
前に後ろに龍が2匹。
 
芸術ってのはでかさではないとは思いつつ
「いやいや、でかさだって
 迫力そのものだって・・・!」
と、とりあえず自分の中で自問自答 苦笑
 
そして、よくよく見るとこの巨大作品は共に2009年の作品であって
どうすればこれを合わせて1年以内に仕上げられるんだろう・・ と・・・。
 
絶句したまま、年表をおってみると、
どうやらこの方、若いらしい。
 
これだけの大作を作るなんてどれだけの
おじいさんかと思ったけれど、
確かに、このサイズは若くないと出来るわけがない。
 
たしか、宮崎駿はもののけ姫を作れる年齢のリミットを感じて
あの作品をあの時に映画化したと聞く。
 
ダイナミズムが武器に出来る年齢の限界というものは
きっとあるのだろうと思った。
 
階段を上がると龍を見下ろす事が出来る。
主人と二人ソファーに腰掛け
あぁでもないこうでもないと、
この巨大な龍について
とやかくと話した。
 
この絵は
タイルの様に数枚の杉板をつなげ合わせた上に描かれており
時を経た杉板はそり上がり歪んでいた。
 
板の木目をそのまま見て取れる所など、
大自然の龍が板からわき出してきた様な迫力であるのに、
その反った板が龍をうねらせ分断させていた。
 
しかし、私はその歪みがまた生々しく感じられた。
 
龍は想像上の動物である。
幻のようなものだ。
それが現実の物質であり、
自然素材の杉板に描かれ
ゆがみを帯びている。
しかも、龍は自然を象徴する動物でもある。
蜃気楼の様に板は歪んでいる。
 
この、現実と幻想とが
微妙につながりを持っていることが
言い尽くし得ぬリアルを感じさせた。
 
あぁ、この生々しい作品は
いつか、物質を離れるのではないか・・
と思うと、
何時か燃えて無くなる巨大な龍2匹の事を
考えていた。
 
あまりにもリアルな芸術作品は
たぶん、歪みを帯びて
物質をすり抜ける様な気がする。
 
なんとも説明出来ていない様な・・
 
いや、
きっと、文字に宿らせる事は
無理なんだろうな 
 
文字でさえもすり抜けて
龍は翻る
 
 
 
 
 
 
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争いはタールの海を越えて

こんにちは。りんこです。
 
今日は冬至。
寒いです 苦笑
 
近所の銭湯は深夜の1時過ぎまで
営業しており、
今日はゆず湯の日なので、
主人を銭湯に誘ってみました。
が、
今日は帰ってこれるかすらわからない
とのこと。
「りんこ、一人で行っておいでよ。」
と主人。
絶対に行きません!
家で一人ゆず湯につかるもの 泣
 
そして、家で一人「ん」探しするもの・・・ 泣
だいこん、にんじん、なんきん、ぎんなん、
みかん、しゃしん、えどがわらんぽ、
びじゅつかん、としょかん、たいいくかん・・・←館シリーズ 笑
 
さて、先日うらわ美術館に行ってきました。
 
私が学生だった頃に1度だけ、
「地元民として、一度も行ったことが無いのはどうかと・・・」
と、思い行ったことがありました。
あの時は普通に西洋画がたくさん飾られていて
こんなコンセプトじゃなかったと思ったんだけど、
私の勘違いだったのかしら?
 
どうやら、「本」に関するアート作品を多く収蔵しているらしく、
今回の展示も『開館10周年記念オブジェの方へ-変貌する「本」の世界』
というものでした。
 
私は自身を「ブックハンター」と称する程
本に対しての収集欲があり、執着を持っています。
そのため、
「本」を対象としたアートはかなりセンセーショナルに感じました。
 
本を
「裂」いたり、「切」ったり、「縫」ったり、
「彫」ったり、「焼」いたり、「焦」がしたり・・・
 
もう、見ているだけで身を裂かれる様でした。
 
私の愛する「本」達が
「本」を離れて「アート」になってしまう。
それは、本という機能を失い
オブジェとしての生を授かると言うこと。
 
新たな命ではあるけど、
私はオブジェを必要としない。
 
依存とも言える本に対する執着は
過干渉でしか無いのだけれど
「本」から離れていく存在を
悲しまずにはいられなかった。
 
疲弊しながら
最後の作品を前にして
私はへたり込んでしまった。
 
今回の企画展のポスターにもなっている作品
2000冊の本をタールで焼き、それを床に敷き詰めた作品
「敷物-焼かれた言葉」 遠藤利克
 
何という暴力性
何という冒涜
 
2000冊の本は
タールの臭いがきつく
所々焼けきっておらず
文字を見て取ることが出来る。
 
どんな作品をみたって
こんなに、泣きたくなるほどの絶望は無い。
それが、
ピカソのゲルニカであってもだ。
 
展示中盤にあった
女性らしい中途半端な芸術作品など
頭のなかからすっとぶ程の
衝撃だった。
 
この展示、主人と一緒にみてきたのだが、
帰り道に主人が
「戦争・・みたいだったね」
と、言った。
 
正に私も同じコトを考えていた。
 
文明を築き上げてきたものの全てが
タールに漬けられ、燃やされ、
敷物にされる。
 
本が、まるで焼かれた死体の様に
並べられている様は
本当に衝撃的なものだった。
 
まだ、展示はやっている様なので
お近をお通りの際は
覗いていただきたい。
 
個人的に現代美術はわからないと
日頃より言っているのだが、
初めて現代美術に殴られた展示でした。
 
本は、愛おしい。
 
ちなみに、デュシャンも
最後の作品に飛ばされました。
私の頭の中から。
 
 
 
 
 
 
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越冬叔母さん

こんにちわ。りんこです。
 
北海道から義母のお姉様が出てきており
どうやらコチラで越冬する模様。
昨年定年を迎え
結婚をしていない叔母は
先日無くなったおばあさまとの2人暮らしであったため
この冬は生まれて初めての
本当の意味での独り身を体験する事になったのでした。
その事を心配した義母が強くコチラで年越しをするように誘い
3月一杯、コチラで過ごすことになったのです。
 
むかーしみたNHKのドキュメンタリーで
「越冬老人」という雪国で
病気を抱えた一人暮らしの老人が
雪の季節だけ、子供のいる都市に移って暮らすと言う物を
見たことがありました。
 
叔母はとっても元気で愉快な方なのですが
人が老いから逃れられない摂理であるが故
ゆくゆくはそのドキュメンタリーの様に
ならないとも限らないと思えてくるのです。
 
北海道は遠い。
 
一族皆、そのことを受容していて
叔母は
本格的に老いてきたら関東に出てくる計画なのだそうだ。
主人の両親とも札幌の出だが
義父が定年して、義父方の祖父母を看取ったら
最終的には再び東京に戻ってくるらしい。
 
北海道に老人をおいて
都会で生活することの心苦しさを
身にしみて経験しているからこその離郷。
なんとも切ない。
 
私は元から同居希望だから
出来たら早い内から一緒に住めたらと思うのだけれど
義父の定年まではまだまだあるし、
ここからさき15年はまず一緒に住めることは無いのだろうなと思う。
 
別に妊娠しているわけでは無いし、
子供がいるわけでは無いのだけれど
小さな子供にとって老人が身近にいる環境って
本当にいい物だと私は思っているから
理想は生まれる前から一緒に住める事なのだけれど。
 
家族の核家族化っていうのは
複合的な問題がたくさんある。
 
地方に仕事が無いこと。
都心に住む場所が無いこと。
 
こればっかりはジレンマですね 苦笑
 
先週末は
うらわ美術館
昨日は
根津美術館に行ってきました。
 
それぞれ面白かったので
近いうちにそれについては
書こうと思います 笑
 
 
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寒さに負けた

こんばんわ。りんこです。
 
今日はまた随分と寒いですね。
こじらせてしまった風邪も随分と良くなってきましたが
油断すると風邪っていつでもやって来る物だから
気をつけなければなりません。
 
そんなわけで
家にいる時間が増えるのですが
薄手のカーテンが掛かった窓から忍び込む冷気は
なかなか強者で
そのカーテンを2重にしたところで
とても太刀打ちできず、
ちょっと厚着をしてみたり←けっこう着込む
ストールを羽織ってみたり
レングスをはいてみたり
色々とやってみますが
もはや限界と思うところで
ヒーターをつける事になるのですが
これが電気式だから結構電気代が結構なものとなる 苦笑
 
そこで落ち着いたのが
電気毛布・・・
 
肩から羽織ってちゃぶ台の前で正座 笑
 
電磁波がどうとか言われているけど
1時間1円程度でこの温もりを得られるのであれば
その他の暖房器具の追随を許す余地無し。
 
何しろ、部屋には私一人しかいないわけで、
部屋を暖める熱量が惜しい 笑
 
この使用方法、間違っている上に
貧乏くささが満載ですが
あまりにも便利な為に
ボタンをつけてストール風に使えるように改良しようか・・・
とか、頭の中では貧乏が発展している状態です 苦笑
 
部屋にいれば本屋に行かずに済みますし
そこで散財してしまう心配もなく
ブックハンターの血が購入させてしまった
部屋の至る所に積み上げられた
手つかずの本達を読む時間ができあがります。
 
それもこのほんわりとした温もりの中で。
 
『日本は、アメリカに比べて
 多くの伝統や習慣を持つ国だと思っています。
 たとえ、アンティークの台所用品やドレスを持っていなくても、
 そうした伝統そのものが、
 常に暮らしの中で実際に行われ使われるアンティークのひとつの形なのです。』
月刊モエ2008,4 
ターシャ・テューダ最新インタビュー「心に思い描く幸福を求めて」より
 
『国家には適正サイズがあります。フランスもイギリスも日本も適正でしたが、
 中国は大きすぎる。日本人はその苦しみをわかってあげなくてはなりません。』
週刊朝日11-20増刊 未公開公演録愛蔵版司馬遼太郎が語る日本
 
お二方ともお亡くなりだが
未だに輝きはあせず。
 
司馬遼太郎の言葉で言うなれば
『私自身が亡くなることはゼロになることではありますけど、
 この世に私と関係のある命は生き続けます。
 ゼロはすなわち全てであります。』
と、言うことか。
 
私は彼らにであってしまったから、
彼らを宿して、この世を憂いている 苦笑
 
ただしかし、
憂うばかりでは仕方がないので
ゆうげの支度をしたりする。
 
世の中と密接につながってはいても
私の体は生活ありきと理解している。
 
まぁ、世の中は生活の集合体だから
些細なことが大きな切っ掛けになることもあるわと、
楽観視して 笑
 
世の中を動かすのも熱量だと
エントロピーは言う。
 
小さな熱を蓄えることも
きっと何かになる日が来る。
 
 
 
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村山美術館

こんばんわ。りんこです。
 
今日は八王子まで電車に揺られ
村山美術館に行ってきました。
 
この美術館は何だろう。
個人的な感想ですが、
ものすごくバブルの香りがします。
よくも悪くもバブルであるが為に
ミレーやらコローやらクルーベ、ルノワール
ロダンにマイヨール、ビュッフェ・・
数限りなし。
主にバルビゾン派と言われる物を中心に
収集していると言うことだ。
だから、エコールドパリとか印象派よりも
バルビゾン派の作品が多い。
 
威厳のある風な造りの美術館の内装に
何故か羊のぬいぐるみがちょこちょこと
悪のりで置いてあり
個人的には趣味ではないが
まぁ、それは良し。
見ようによってはほほえましくも思えるから 苦笑
だって、その羊、名札がついてるんだもの。
「コロー」とか書かれてるの 笑
 
何より私が悲しく思うのは
名画の鑑賞をするに当たって
解説に鑑賞ポイントを細かく書いてしまってあったりして
鑑賞する際の直感が鈍らされます。
 
せっかく素晴らしい絵画なのに
なんともったいない演出だろうか!
しかも、その解説が何とも得意気で
「鑑賞ポイントを教えてあげましょう!」というのりで
さらに私を悲しくさせるのです。
だって、それって善意なのですから 苦笑
 
そうは思いながらも
何せ客も少ないためこの数々の名画が一人占め出来てしまうのは
この上ない贅沢。
 
この美術館のオーナーは家具屋の会長であり
そもそもこの美術館もその家具屋の中にあるものだが、
絵画の前には転々とソファーが置かれてあり、
そこに腰掛け悠々と絵画を楽しめる。
ありがとう日本のバブル。
ありがとう会長。
お陰で私、今
世界の名画を前にして悠々と悦に入る事が出来ます。
兎小屋生活をしている私でも
こんなにも贅沢な時間を過ごせます。
 
出だしでとやかく悪口を書いたが
実は私、
 
この美術館の気取りの無さがとても素晴らしいと思っている。
 
近所の金持ちの太っ腹なおいちゃんの美術館
という感じで
格調高い感じはないし
展示の仕方にセンスは無いが
ガラスケースに押し込めず
大胆に展示されている感じは
これでもかと圧倒するような名画をこじんまりとしたところに
詰め込んだ割には
おおらかで、居心地がいい。
 
広い建物の3階に美術館はあり、
エレベーターに一人乗り込みフロアーに降りると
左に休憩所と書かれた小さな部屋があった。
 
そこで私は目を丸くして体を凍らせた。
 
帽子・夏 佐藤忠良
 
なぜ休憩所に?
 
すたすたと足早に休憩所に踏み込むと
佐藤忠良だらけ。
 
うわー・・・、ここ、何なんだろう・・・ 
 
と、ぽんぽんとおかれたブロンズの格に驚いて
休憩室を一歩出て左にロダン
 
この次点で私はチケットを受付で提示していない。
 
つまり。この作品は無料で見られるという事だろう。
なんと太っぱらな 笑
 
広さの割にはかなりの量の絵画を見ることが出来る上に
なんとも素晴らしい絵が多い。
ここに客が少ないのは
明らかに立地が悪いからだと思われるが
こうやって私設で公開してくれている美術館の
良さとも言えなくもない。
 
大々的な企画展とはまた違った楽しみ方が出来る。
大げさに言えば走ったって平気。
だって、誰もいないんだもの 笑
 
濃厚で素晴らしい物を数多く見過ぎてしまい
少しのぼせた私は
ショップで絵はがきを数枚
購入すると
先ほどの休憩室で数名に当てて手紙を書いた。
 
座るとガラス張りの大きな窓からブロンズ像越しに黄色く色付いた山が見え
空は雲一つ無い青空だった。
雲も吹き飛ぶ強い風にあおられて
黄色い葉の一枚一枚が流れ散りゆくのが
私の目に鮮明に見て取れた。
 
その美しい風景と
絵はがきに書かれた名画に関するうんちくを少々
私の近況をほんの少し書いて
送り先の住所を書いて
手帳にいれてある50円切手を舐めて貼り付けた。
 
なんとも気さくで
癒される美術館だ と
つくづく思い
私は
またこよ
と、思った。
 
 
 
 
 
 
 
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今日のお家もたのしたのし

こんにちわ。りんこです。
 
とってもいい天気なのに
かごの中の小鳥の様に
外を見上げるばかりの私。
 
小鳥の様に可愛くもなければ
羽もついておりませんが 苦笑
 
大分体調はいいのに
喉がまだ痛いので
今日はかごの鳥。
一歩でも外に出よう物なら
本屋巡りや、雑貨屋巡りをしてしまうし、
第一自転車に乗りたくなってしまうから。
ここはぐっと我慢なのです。
 
喉が痛いんじゃ
歌えない鳥だからね 笑
 
その代わり、
お家で出来る事は何でもやっていいので
いつも出来ないお掃除をしたり、
米ぬか石鹸なるものを試作してみたり、
今も、昨日作った煮豆の煮汁で
レンジでもこもこマグカップ蒸しパンを作ったり、
なんともほんわかな一日です 笑
 
米ぬか石鹸は
人から聞いたことがあったもので、
苛性ソーダを使用しなくて良いのが魅力の物です。
固形石鹸と言うよりもクリーム状のまま使用するらしく
私は作った物をヨーグルトの空容器にぺたぺたと詰めて
冷蔵庫に保存しました。
使用感や、効果はよくわからないとは言いつつ、
なんだかこれを作る際に使用した琺瑯の白い鍋が
内側だけやたらきれいに白くなっている様な・・・ 笑
 
材料
水 300cc
米ぬか 100g
重曹 10g
 
作り方
1、水を琺瑯の鍋に入れて沸騰させる
2、沸騰した湯に重曹を投入する
3、重曹の泡が消えたところで米ぬかを投入する
4、膨らんだ米ぬかを混ぜて、焦げないように10分ほど火にかける
5、さました物を容器に移して冷蔵庫で保存する
 
と、このような品で、作っている最中、おいしいそうなにおいが
絶えずしている。
おかげでおなかが空いたので
重曹ついでにマグ蒸しパン。
 
材料
小麦粉50g
重曹 少し
塩 少し
豆の煮汁  80cc
酢 小さじ1
 
作り方
1、小麦粉、重曹、塩をマグカップで混ぜる
2、1に豆の煮汁と酢を入れる。泡が出てくるのでよく混ぜる。
3、2にラップかるくして、レンジ500wで3分程温める。
4、串をさして、生でなければ完成
 
これがまた、レンジを覗くのが嬉しい。
1分を過ぎたあたりから少しずつ膨らんでくるのがわかる。
できあがった物を
さっさかとひとり頬張っていると
カップの底から
一つ花豆が出てきた。
煮汁をとったときに入り込んでしまったのを
そのままいれてしまったんだった。
なんだか、茶碗蒸しの中の銀杏みたいで可愛い。
 
縫い物はほこりが出るから今日はお休み。
 
そのかわり、厚紙で封筒の型を作ったり、
消しゴムでハンコを作ったりして遊ぶ。
 
主人はこうやって私が家で遊んでいる姿が好きみたい。
どうやら、
主人のお父さんも自分の妻が家で創作活動をしていることを好んだらしい。
 
最近、
「結局、同じ血なんだよなぁ」と
観念したように言う。
 
その姿なんかもお義父さんにとてもよく似ているから
私は困った顔をして笑う。
 
 
 
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お家でたのしたのし

こんばんわ。りんこです。
 
先週末からの風邪をこじらせ
主人と行きつ帰りつの
もはや風邪争奪戦の様な状態でした。
 
どちらかが落ち着くと
どちらかが悪化するという・・・
 
子供のいない私たちでこのような状態です。
お子様をお持ちの方々はさぞや
インフルエンザなど気にかかる事と思います。
 
救いと言っては何ですが
この風邪
インフルエンザでないことは確かなので
このまま安静にしていれば完治かと。
 
紅葉を見に行きたいと思いつつ
自転車旅は来週まで行けそうにありません 苦笑
 
ちょっと油断したんでしょうね。
先週末は
新宿の東郷青児美術館に夫婦で行ってきました。
だって、風邪、治ったと思って 苦笑
 
ベルギー近代美術展の最終日でした。
 
展示目録が無いなぁ・・・
これは図録を買わせる戦法だろうか・・・
と思いつつ、カウンターで聞いてみると
カウンターの下からお姉さんが
目録を出してきてくれました。
 
最終日とはいえ、きっと欲しい人もいるのだろうから
わかりやすいところに置いておいてくれるとありがたいのですが。
 
最近いろいろな美術館に行くようになって
気がついたのですが
どうやら私は日本人の絵が好みのようで
外国の絵を見ても感動が薄いのです。
それでも、
あまり偏った物の見方をするのは好きではないので
たまーに安いチケットを見つけると
西洋の絵も見るようにしています。
 
こんかいもその一環として
チケットを購入したのでした。
 
感想としては
「んー、暗くてファンタジー」 です 笑
 
子供の頃に見た
魔法の天使クリィミーマミと言うアニメの
主人公のまろやかな紫色の髪。ふんわりしている雰囲気。
 
どうもベルギーではこの薄紫の様な淡いピンクの様な色が
流行ったようですね。
年代を20年程違えても同じトーンの色が出てくるので
当時、琴線に触れる色だったのでは無いでしょうか。
 
そして、特徴的なのは実に写実的であると言うこと。
途中、点描なども出てきましたが
それも光を忠実に表したに過ぎません。
 
よく考えればあの淡い紫色も
プリズムの一部かもしれませんね。
 
どんよりと暗く、そして写実的で
淡い色を纏わせる画風。
 
ベルギーとはどういう国なのでしょうか。
絵画から興味を抱くと言うのも
悪くない入り方です。
 
この展示を見た私の中では
すくなくともワッフルだけの国では無くなりました 笑
 
展示も終わりの方には
かのゴッホのひまわりが鎮座しておりました。
生まれて初めて見ましたが
アレは確かにスゴイ物ですね。
感動のあまり泣きそうになってしまいました。
となりにゴーギャンっていう展示の仕方も
涙を誘います。
 
あと、グランマ・モーゼス
彼女の絵を初めて見ました。
 
明るく愉快で気さくな絵はとても朗らかです。
 
糸を紡ぎ、牛を育て
子供をたくさん産んで編み物をして。
 
古き良き時代。
 
東京の私から見たら一面のみなれば桃源郷です。
その時代の暮らしに
私がぽんと放り込まれたら
すぐにねを上げることでしょう 苦笑
 
それを知っているから
私は最近
「今、地震が起きて文明が崩壊しても
 生き延びることの出来る知恵を付けないとね」
と思って生活しています。
 
ま、出来ることなんか殆ど無いのですが 苦笑
せめて、食べられる雑草くらい知っておかないとね。
 
今日は
銀杏と大根とキノコの炊き込みご飯
キャベツのお味噌汁
鳥の照り焼き
花豆
 
花豆を風邪のせいで2日も水につけてしまいましたが
おかげでよく水をすってふんわり。
お酒とお醤油と砂糖、少々の塩でしばらくコトコト。
火を止めてしばしそのまま。
蓋を取ったら上下をサックリと入れ替えるのだけれど
蓋を取った時に
豆の皮がススっと裂けていくのが見えて
ちょっと見学。
 
こういう時間が大好き。
 
風邪をひいたから外出はしないと決めている。
でも、冬の家の中もなかなか楽しい。
 
ねぇ?グランマ? 笑
 
 
 
 
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頑張れフジテレビ

こんばんわ。りんこです。
 
最近はすっかりラジオ派となった私ですが、
生活の中心がラジオになったために
見たいテレビ番組がかなり精査されました。
 
殆どがNHKに集中し、
たまにカンブリアやガイアが見たくなるだけ。
 
NHKの
猫のしっぽカエルの手や、名曲探偵アマデウス
Jブンガク、わたしが子供だったころ
これらが特にお気に入り。
NHKだとそのまま他にもいろいろ見ちゃったり。
不定期にやってうものだと
日めくりタイムトラベルと朝まで生テレビ。
ドラマだと、久しぶりに
日曜ドラマの仁は結構見ている。
 
あんなにやたらとやっているバラエティー番組。
いったいどうして私に響いていないのか 苦笑
 
そう思いつつ、不必要だから見ていなかったのだが、
昨日の明け方。徹夜仕事の主人に付き合って
朝生を見たあと、
適当にチャンネルを変えていると
フジテレビで
「新・週刊フジテレビ批評」という番組がやっていた。
どうしてこの時間なのだかわからないが
NHKの様な丁寧な造りでない
業界人の人名をひょいと出してはその人についての説明の一切無い
もちろん画面の端にその人の写真も出ない
フランスドキュメンタリーのように不親切な番組がやっていた。
 
これが、面白かった。
 
重鎮であろう放送作家の高平哲郎という方が
ゲストで来ていてバラエティーの成り立ちから現在のバラエティーまで
色々と話していた。
今後、バラエティーをもり立てていく為に必要な物は
「ありきたりではあるけれど勉強するしかないよね。」と高平氏は言い、
それをへろへろになりながら目にした主人は
「それって誰にでも言えることだ。
 人は学ぶことをやめたら終わりなんだ。
 学ばない奴が本を作ると面白くない。
 だから、今は本もダメになったんだ」
と、その言葉を自分の体に素早く取り込んでいました。
 
「たけしさんとかタモリさんとか
 毒が無くなったとか言う人いるけど
 テレビという公共の場で出す必要が無いのが
 わかる頭のいい人達なだけ。
 叩かれることを畏れて言わないと言われるが
 そんなんで潰れる様なヤワな人たちじゃない。」 
だそうだ。毒とはまぁ、下ネタだったりするわけで。
テレビが公共の場だという発言も実に納得する。
つまり、舞台や、映画などもエンターテイメントなわけだから、
その場に応じたネタつまりネタにもTPOがあると言うことだ。
 
フジテレビが独自のバラエティー宣言を
放送倫理・番組向上機構に発表したそうだ。
 
さて、国民の目はテレビに向くようになるだろうか。
 
こんな面白い番組をこんな誰も見ないような早朝に
放送している様では先が思いやられるが
期待はしてみる。
 
フジテレビ、頑張れ!
 
 
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織機

こんばんわ。りんこです。
 
今日は朝から仕分けが終わったと
ひたすらワイドショウーがはやし立てていました。
 
昨日の朝生もばっちり見たし、
まぁ、風潮に流されるように
政治家が出ている番組をつい見てしまうのは
私自身、心なしか不埒な気もしますが
それでもここ数年で
こんなにも人々の目が政治に向いたことは
無かったように思います。
このままいけば
きっと次回選挙の投票率もなかなかなものに
なるのではないでしょうか。
 
さて、
そんな不埒な気持ちでテレビやらラジオやら
政治の話題を耳にしていて
ふと、
私の頭に湧き出たものは
悲しい言葉でした。
 
赤字国債だの、これ以上借金は出来無いだの
宇宙切り捨てだの、技術立国だの・・・
 
今までの日本の経済自体
虚像だったのではないの? と・・・
 
あぁ、怖い。
 
単純に、身の丈にあっていなすぎたと言う
それだけのことなのでは?
 
ノーベル賞科学者の方々だって
科学科学と、おっしゃるけれど
そこでどうして学問とか教育とか言う言葉を
一言でも口にしていただけなかったのかしら。
若田さんは、夢を語っていたぞ!
 
国際競争と言うけれど
国としてのアイデンティティーがふらついている状態で
どうして国際化なんて軽々しく言えるのかしら。
 
日本語という言語を使って科学を語るというのに
言語力はほっといてもいいのかしら。
研究していく過程での倫理は関係ないのかしら。
 
何にせよ学問というのは総合力だと思うのに
なんでそう言う夢のようなことを言う人が出てこないのかしら。
夢でも、絵空事だとしても
なんでそう言う夢のあることを言えないのかしら。
 
日本は絵空事のようなことを口にしながら
それを一つ一つ血を吐きながら
形にしてきて経済大国を築いて来たんでしょう?
 
だったら、なんでそれが経済以外のことで出来ないの?
 
と、それは科学が切り捨てられると
右往左往している今よりももっと昔に
切り捨てられた
文学の嫉妬なのですが 苦笑
 
主人の母が
昔使っていたと言う織機を送ってくれたのですが
使い方がよくわからない・・・。
 
冷静になって糸の張り方を調べる。
 
たて、よこ、たて、よこ
 
社会も人も、学問も文化も
何もかもが織り込まれた世界。
 
 
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