星の植民地

こんにちわ。りんこです。

しばらく更新していない間にすっかり春になってしまいました。

なんとなくもやもやとした体調で

ずいぶん怠けた生活を送っていましたが、

今朝は早くから庭に出て、

なぜかうちの家の前にだけわさりと生えている大量の雑草を

むしって、穴を掘って埋めました。また土になるように。

ここに住むようになってずっと庭に生ゴミを埋めてきたからか、

それなりに栄養のある土になったあたりを掘ると

良い香りがします。

雑木林の腐葉土は落ち葉がつもって一年でたったの1センチ。

それしか積み上がらない。

土壌とはそれほどのものなのです。

水質汚染より実際のところ

土壌の汚染はかなり問題です。

福島の第一原発の問題は

永田町用語を駆使して

大丈夫だと何度となく報道されていますが、

ナガタチョウリンガルなる翻訳機でも生まれれば

私たちが恐ろしくて耳にできないようなことを

さらりと訳してくれることでしょう。

だからといって

私の日常は何ら変わることなく過ぎていきます。

あえて、そう勤めることが第一と

自らに言い聞かせている節もあります。

地震当日、

私は荻窪の古書店にいました。

店員に促されて外にひとまず場所を移し、

数名の客と様子を見ていました。

しなる電柱、たわむ電線

ビルからビスケットの食べかすのようにこぼれ落ちる

壁のタイル。

目の前で起きていることが何とも不思議に感じられました。

その後、駅に向かって徒歩で移動する最中、

何度かの余震がある度に、様々な行動をとる人々を目にしました。

たとえば、

地下鉄の入り口の階段をめがけて飛び込んでいく人と、

逆にそこから飛び出してくる人、

また、その出入り口の柱にしがみついている人。

同じ衝撃を受けた、同じ日本人の対応は

各個人でばらばらで

しかも、それぞれはそれなりに考えた結果の行動であろうと思われるのです。

それを見た瞬間に、

有事の際の正しい対応とは何だろうか、と

自問自答をしざるを得ませんでした。

駅の電車は動いておらず、

バスも動いていませんでした。

仕方ないので、おなかの子供と一緒に徒歩帰宅をすることにしました。

いい運動ということにしようと思って。

その日は曇り空でした。

前日の天気予報も、たしか朝の天気予報も

雨が降るなんて言っていなかったのに、

家を出るときにみた空は

どんよりと変わった色をしていたので

天気予報を無視して折りたたみ傘を持って出ていたので、

途中雨が降っても問題ありません。

その間中、

ちょっと揺れては動転する人々、

パーマ途中で美容院からとりあえず外に出てきたお客さん、

フィーバー中に外に出されて怒っているパチンコ屋の客などを

目にしながら家に向かいました。

いよいよ家に近づいて近所の商店街、

産地直送でテナントを月1で出しているお店

お米を買おうと立ち寄りました。

売り切れでした。

店のおじさんが、福島の地元が心配だといい、

おもわず、

「大丈夫だったんですか?」

と、口にしました。

「・・・・わからないね」

そう、おじさんは答えました。

今思えば余計な一言だったと思います。

でも、あのときは、津波の映像も見ていなくて

状況がつかめていなかったのだから、

仕方のない言葉だったのです。

あっという間に4月になってしまいました。

そのあいだ、

私の頭に浮かんだこと、

錬金術の等価交換の法則、

あすなろ物語の星の植民地。

特にあすなろ物語は無性に読みたくなり、

この半月で何回か読み返してしまいました。

いまだ、うまく処理できない

私のなかのいろいろは

たぶん、あすなろ物語のなかにあるのだろうと

思います。

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流産を乗り越える

こんばんわ。りんこです。

何度も更新しようとは思ったのですが、

結局更新しないまま。

あっという間に2月に入ってしまいました。

妊娠してからはや5ヶ月。

節目ふしめに何度も更新しようと思ったのですが、

あぁ、この喜びをここに残して

次の検診で、また、

前回の様に異常が発見されたら

どうしたらよいのだろうと、

どうしようもない思いに駆られてしまうのでした。

実際に両親に妊娠を知らせる事ができたのも、

田舎に暮らす祖母に妊娠を知らせる事ができたのも、

最近の話で、

特に、子供を出産した友人達に

どう伝えていいのやらとなやんだり。

どう考えたって

不必要な悩みだとはわかっていても

どうしても気になってしまうと

軽々しく報告ができなくて。

特に、私の母などは

「結婚して三年子供ができないと、不妊らしいわよ。

 病院に行ったら?」

とか、期待してくれているのはわかるのですが、

思わず、

(これが流産を経験し、動かぬ我が子を抱いた娘の姿を

 目撃した母の言う台詞だろうか)

と、もやっと思い、

すぐに、

(あぁ、そうだった、悪気は無いんだ。

 とても素直な人なだけで・・・)

と、離れて暮らし忘れかけていた

実母のわかりにくい良心を思い出し、

それでも、

妊娠の確認がされて、心音の確認が取れないという状況で

聞かされるこの発言はもやもや以外の何者でもなく 苦笑

これ、

流産経験者なら

意外と多く経験しているのかも。

今は手放しで喜んでくれていますけどね。

生まれてくるまでは

喜ぶなんて時期尚早だと、

つい思ってしまい、

「おめでとう」と言われるたびに、

「ちゃんと生まれてきたらね? 笑」

なんて、蛇足なフォローを自分で入れてしまう

自分自身がちょっと情けない 苦笑

いろんな事によく腹を立てている人がいるけれど、

たとえば、

「流産を経験した私の前で

 よくも子供を連れて来れるわね!」

とか、

「不妊治療で苦しんでいる私に当てつけ?

 その妊婦マークはっ!」

意外と、そう思える人たちは

自己防衛できているのかも。

心の。

私は悪意をないがしろにしがちなので、

どうしてもそう思う事はできないのね。

いがいと、人は無意識でしゃべるから

そうそう、悪意を持っている人なんかいないと

私は思っている。

でも、

もやっとすることはある。

その「もやっ」て

核だな、と、最近思う。

たぶん、もやって思ったら、

それは被爆だから。

出産予定は7月。

うーん。

長いなぁ 苦笑

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知らなくてもいいこと

こんにちわ。りんこです。

ここ数日主人が帰ってきていません。

今月末は締め切りに食らいつかれているらしく、

家に帰る時間も無ければ、ご飯を食べるヒマも無いらしい。

月が変わって1日目、

今日はノルウェーの森の試写会があったんだけどな。

夜の6時に有楽町じゃあ間に合わないかも。

主人も愉しみにしていたから、ちょっと残念。

残念と言えば、

お気に入りだった中古着物屋さんが潰れてしまった。

経営は大変そうだったし、私もせいぜい1000円程度のものしか

買っていなかったから「辞めないでぇ~」と心底叫びたいのを

グッとこらえる。

貢献してあげられなかったから。

ある日、お店を覗いたらもぬけのカラになっていた。

知らない間に消えちゃうんですよね。

いつ無くなったのかは分からない。

お店の前に行く前までは

ちゃんとあるもんだとずっと思っていたのだから、

私の中にそのお店は有ったのに。

お店を覗きさえしなければ

そのお店はずっと潰れていなかった筈なのに。

次はどんな着物を買おうかなぁ、なんて、

せいぜい500円とかの着物を想像して

ずっとずっと楽しめたのにな。

毎週、木曜日に産婦人科に行くことに決めている。

先週、お腹の中の子供の心音の確認が出来たと同時に

切迫流産だって言われてしまった。

「2週間後に妊婦検診するので、

 それまでに母子手帳もらっておいてください~」

という先生に

「来週は確認とかしなくていいんですか?」

と、おもわず食らいついてしまった。

「ん~、まぁ~、そうですねぇ。

 見せてもらえたらあんしんですけどぉ」

との事。

まぁ、確かにね。

1週間後だろうが、2週間後だろうが、

駄目なもんは駄目だし、大丈夫なものは大丈夫なものだもの。

あぁ、書いているうちに今週は病院に行かなくてもいいような気がしてきた 苦笑

実はまだ母子手帳を取りに行っていない。

今週、みてもらってから取りに行こうと思っていたから。

もし、その時、駄目で、手元に手帳だけ残ってしまうのはあまりにも

切ないでしょう?

初めての妊娠が、

順調に妊娠して、出産して、当たり前の様に子育てに入れていたら

なにもこんな慎重になることはなかったのに。

胎児は細胞で考えるらしいから

私がなんとなくどんよりし続けている事を

感じ取って居るだろうと思うと

それはそれで気の毒 苦笑

だからって、あまりにも楽観的には居られない。

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混乱した思考を一端落ち着いて考える方法

こんばんわ。りんこです。

先日、今大流行中の

戦場写真家の渡辺さんの出ているテレビ番組を見ました。

そしてまた、NHKのドキュメントでジャパニーズアメリカンの短いものも。

渡辺さんがその番組内で、何度も言っていたこと。

「戦争の一番の犠牲者は子供だ」と。

どの戦場にあっても子供が一番の被害者であると言っていました。

つくづく、あぁ、そうだなぁ。と。

現在、戦争をやっている地域は勿論、

戦後も、思想的に被害を受けるのは

子供達なんですよね。

戦後、日本の子供は戦争を教えてもらえず、

中韓の子供は、どこまで本当だか?的な教育を受け、

アメリカの子供は核は正攻法だと教えられ、

イスラエルのユダヤ教徒の子供は、世界中からユダヤは迫害されていると

教え込まれる。

少し前に、

ここまできたら、

愛国教育の一環として、

日本人の子供にも、刷り込み的に教育を施すべきで、

それの教育無くしては

国際化も何も始まらないと考えていた

(つまり、外国に行っても

 他国の人間の質問に何も答えられない人間ばかりが日本人では

 情けなさ過ぎるので)のですが、

刷り込み教育を施す事自体が

戦後の被害だという認識を個人的に考えるようになってくると、

はてさて、

それはいかがなものか・・・。

じゃあ、実際に戦争をやっている地域に

実際に足を踏み入れて、

それを外から眺める事によって、

戦争はいけないと、モラリスト的に声を上げることが

正解なのか?

でも、それって、他人の不幸というふんどしで

独り相撲をとっているだけなのでは?

とも・・・。

相変わらず、答えにならない 苦笑

弱腰とか、話しにならないとか、論外とか、

様々言われている現内閣、現外交。

とにかくさ、

原稿用紙3枚でいいから、

何がやりたいのか、書いてくれないかな?

それか、

やりたいこと、必要なこと、できること、やっていること、結果、失敗、成功、

何でもいいから、

とにかく、フローチャートに書き出してみるとか?

なんか、思想と、思考が大混戦してるみたいだから、

シンプルな事をしてみたらどうかしら。

で、できたら、

尖閣問題映像より先に、

私はそのフローチャートがみたい。

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実りの

おはようございます。りんこです。

先月末に主人の母方の叔母が

今年も北海道から越冬にやって来ました。

横浜にある主人の実家から足を伸ばして

我がうさぎ小屋(のように小さな住まい)に

遊びに来てくれました。

そしてとうとう、私は

その日に合わせて収穫を決意したのでありました。

庭にごろんと成った冬瓜を

キッチンばさみでパチリと切って

台所に転がしておきました。

叔母も義母もその存在には気がついて居たようでしたが、

実は昨年食べた冬瓜の種が勝手に発芽して実ったのだと

その実の生い立ちを話すと、

大きな声で驚いてくれて

私もほったらかしに育てきった甲斐がありました 笑

収穫した時、

表面に

指に刺さるほどの力強いトゲがびっしりとはびこっていて、

驚きました。

しばらくしたらこのトゲも取れるだろうと思っていたのですが、

その日の夜になっても、朝とは変わらぬ強さのままで

自生のたくましさには驚かされます。

夕食のスープに、皮はきんぴらにと存分に活用して

私は大満足だったのですが、

主人は

「こんな悪い土壌で育ったもので

 しかも、捨てるところ(皮)を主人に食べさせてはいけないよ」

と、よわよわと言うのです。

そんな物かしら?と、腑に落ちない気分を味わいました。

だって、あんなにたくましい立派な冬瓜、私は食べたことが無かったのだから。

一番顕著に違いが出ていたのは皮でした。

皮って、新鮮なものの方が柔らかいのですね。

きんぴらにするなら新鮮な皮に限ります。お勉強になりました。

さて、ここ数日、ずーっと、

いや、正直、先月からずーっと、体調が悪く、

とにかく、眠くって、何にもやる気になれなくて、

鬱病にでもなったのかと自嘲気味に思っていたのですが、

どうやら、妊娠していたようです。

ただし、2週間病院に通って、心音が確認できていないので、

あまり期待しないように期待しています 苦笑

だから、まだオメデタではないのです。

主人も、お腹に向かって「はやくゴマの手足がでないかなぁ」

なんて。(今回の子の仮名はゴマのようです)

庭に冬瓜が実って、

それを食べて、

妊娠して。

なんか、今昔物語にでも書いてありそう。

実る食物は何となく

子宝を連想させます。

なんとも不思議なリンクです 笑

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つくりばなし

ある温泉のこと

その温泉の売りは

どんな疲れも吹き飛ぶ事だと聞いてきたが、

私以外の客は見あたらなかった。

粗末な脱衣所の設けられた小屋が

ちんまりと

申し訳なさそうに傾いて建っている他は

庭の池の様な小さな温泉が有るだけで、

管理する人なども見あたらない。

人づてに聞きながら

方々を探しあぐねて、

日も暮れかけた頃、

私はようやく、湯にありつくことが出来たのだ。

乳白色のぬるめのお湯は

掛け流しで

いくらつかっていてものぼせる事など

無い様に感じられた。

深い山の中にひっそりと有るその温泉は

その時ばかりは私だけの

粗末で贅沢な温泉で、

誰にも気がつかれないで居る事が

許されている様な、

なんとも誇らしい気持ちになった。

秋も深まり、冬の足音が聞こえ始める

この季節、

夕日に照らされる広葉樹は

いよいよ色を増していた。

こんこんと湧き出る豊かなお湯は

少し冷えた空気を

白く、もっ、と包み込んだ。

そのとき、

背後にごそと何かの動く気配を感じ、

私はびくりと

振り向いた。

そこに現れたのは

大きな熊だった。

「いやー、すみません、すみません、

 ご一緒させていただきますねぇ。

 いやぁ、寒くなったもんだ」

誰にでも無く、いや、それは私に語りかけると、

丁寧にかけ湯をして、

ほっほっ、といいながら湯に浸かった。

ざぶぶぅっと、熊の体分、湯が流れ出ると、

辺り一面、真っ白に湯気が充満した。

また、しばらくすると、

傾いた小屋の中から

顔を真っ赤にした猿がひょっこりと顔を出した。

「いえいえ、別に酔っぱらってるわけじゃないんですよ。

 へぇ、大丈夫、大丈夫」

などと言いながら、

ひょいひょいとこちらに千鳥足でやってきた。

そのまま、頭からダブンと半ば転げ落ちる様に湯に飛び込むと、

私の顔を見て、恥ずかしそうにはにかんだ。

ちらと熊を見やると、少し嫌そうな顔をしていたが、

私が見ている事に気がつくと、

困ったように笑い返した。

「ちょっと、ちょっと、お父さん、

 他の方に失礼じゃない」

同じように顔を赤くした猿が、飛び出してきた。

「本当にすみませんねぇ。

 うちの人、弱いくせについ飲み過ぎてしまって、

 今日は、娘の結婚式だったんです」

そう、いいわけをしながら、少し誇らしげに

猿の奥さんは足先からゆっくりと湯に入り、

猿の旦那さんを説教し始めた。

「どうも、ご迷惑を、へへ」

猿の旦那さんは、奥さんの説教が身にしみたのか、

所在なさ気に頭をかきながら、へこへこと私と熊に頭を下げた。

その時の奥さんの顔はなんとも誇らしげだったのが、

少しおかしかった。

またしばらくすると、

白い煙の中から、

白い狐がぬっと現れた。

すらりとした姿が、とても美しく、

思わず、私は目を奪われた。

「あら、珍しい、人間が温泉に来るなんて」

私が狐に目を奪われている事に、狐は気がついていた様だった。

何とも妖艶に笑いながら、

「こちらには、お一人で」

と、私に問うて、

するりと、私の隣に腰を掛けた。

滑り込むようであった。

湯に浸かるのに、音の一つもさせないで、

私の隣に腰を掛けたのだ。

見ると、熊も、猿の旦那さんも、狐に魅入られていた。

猿の奥さんは、顔をさらに赤くして旦那さんをこづいた。

「えぇ、ひ、ひとりで、ずいぶん探して、

 初めて、来ました」

しどろもどろにそう答えると、

狐は嬉しそうに

「そう、人間に会うのは久しぶりだわ。

 せっかくだから、お背中でも流しましょうか」

いたづらっぽく笑うと、白い柔らかい手を

私の肩に掛けた。

そして、もう一方の手で、

彼女の豊かな尻尾を水から上げた。

なんの工夫もされていない温泉に洗い場など特に無いのだが、

私と狐は湯から上がり、

私は側にあった大きな石に腰を掛けた。

狐は湯を手で何度かくみ上げると

尻尾に含ませて、

そっと、私の背中をなで始めた。

「もう、

 こんな場所のことはすっかりと

 お忘れになったのかと思っておりましたよ」

狐は話しながら私の背中を擦った。

「私たちが、こうして、

 一緒の湯に浸かり、

 背中を流し合ったのは

 どんなに昔の事でしょう」

強く、弱く、丁度いい加減で背中を擦った。

「ずいぶんと、ずいぶんと

 昔の事でしたわねぇ」

懐かしそうに呟くと、

両手で湯をすくい、

狐は丁寧に私の背中に掛けて流した。

湯は私の背中で

やんわりと

白い煙を上げた。

私は狐に手を引かれて湯に戻った。

その後、とりとめもなく

楽しい話しをしたことを憶えている。

いくらぬるい湯とは言え、あまりに長く浸かると、

体に良くないだろうと、

私は一足先に失礼すると伝え、湯から片足を出した。

その時

ぶわっと、今までの物とはまるで違った湯煙が立ち上り、

私は思わず振り返り、湯に目をやった。

白い煙の中に幽かに、

体格の良い男性と、

こじんまりとした中年夫婦、

そして、ほっそりとした美しい女性の姿が

見えたような気がしたが、

煙が消えると、

そこにはもう、誰一人いなかった。

しかし、不思議と

恐ろしい気持ちは全く起きなかったのだ。

むしろ、とても晴れやかで澄み渡った心持ちになった。

私はそそくさと脱衣所に向かい

支度を調えると、

行きの苦労が嘘のように

すんなりと宿にたどり着くことが出来た。

ただし、

その後、どんなに探しても

あの温泉にたどり着くことは出来なかったし、

誰の口からも、その温泉の話しを聞くことが出来なかった。

きっと、近頃ではあの湯に辿り着くことの出来た者は

私くらいのものなのだろう。

見つからないからと言って、無いというわけではない。

誰も彼もに忘れ去られてしまうかもしれないが、

ここに、只一人でも、

あの湯の恩恵にあずかった者がいると言うことを

ここに残しておこうと思う。

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始末する

こんばんわ。りんこです。

主人が新しい職場に移ってしばらく立ちますが、

この新しい職場では

以前全く使用できなかった主人のコレクション状態の

書籍やCDが一気に仕事で使えるようになりました。

そして、さらに言うなれば、

増える、増える。

増加の一途で、処分出来るモノがすっかり見あたりません。

6畳と4畳の生活スペースが

どう動いていいのやらという惨状と化し、

私の家事への執着を無効かする。

だって、床が片付かない上に

それらを仕舞う場所がもう無いのだもの。

それですっかり、家事レベルは低下して

また、物は増え続けるという悪循環。

ゴミ屋敷ってこの鈍った感性が起こす

病のような物なのだろう。

あぁ、モヤモヤする。

最近最も流行っている断捨離も

とりあえず読んでみたが、

どうも、捨てる事に特化するばかりの

その方法には理解を示すことが出来ない。

だって、愛別離苦的な物への執着を

ただ一気に捨てるという好意で断ち切ろうとするんだもの。

おきにいりのもので捨てる事を悔やむのならば、

それこそ、自分の手で始末を付けるべきだと思ってしまう。

お気に入りのTシャツや靴下なら裂いて、ぞうきんや、マットに造り直せばいいし、

本や人形なら、それを使ってくれる人を自分で見つければいいのに。

近所の子供とか、親戚の子供とか、友人とか。

物を買うって事はそう言う事じゃないかと思うのだけれど。

クロワッサンにアンアン。

どちらもマガジンハウスの雑誌。

断捨離って言葉を流行らせようと躍起になっている様に感じられる。

また、「考えない練習」という本も売れているらしい。

とやかく考えないで、食べるときには食べることだけに特化する。

って感じだったと思うんだけど。

まぁ、聞こえはいいかもしれないけど、

考えないという行為は、結局考えないと言うことでしかない。

流行の本といえば、

「もし高校野球のマネージャーがドラッカーのマネジメントをよんだら」

(通称「もしドラ」という)

これも、別にドラッカーのマネジメントを読む為の本ではない。

ドラッカーの本を読んで自ら咀嚼するという行為を

安易に端折る為の本だと感じてしまう。

もしドラの成功で、類似本が多く出ているが、

それらも同じ事。

孫子、ドストエフスキー、チェーホフ。

これらが即座に分かるように歌った本達が

書店に並ぶ。

平成6年に出た

「エコロジー・シンプル宣言 食卓からの50の提案」 小林カツ代、林佳恵

という本がある。

この本でカツ代は自分はずっとノンポリだったという。

だけど、料理研究家として働いてきて、

食について色々考えることによって

その考え方がいろいろな事に応用できる事に気がついたという。

料理とは後片付けが重要だそうだ。

政治や環境についてもおなじ。だという。

この本で言われることの大きな点、

それは、「始末することの大切さ」に尽きる。

『男の人は物を作る現場に関わることが多いですよね。

 機械を作ったり、商品を開発したりとか。

 でも、片づけものをしたことのない人たちが物を作ると

 どうなるかっていうと、

 ゴミがあふれていらないものがたくさん出てきてる。

 この社会やっぱり家事をしなかった男たちが

 大半を占めて動かしてきた社会だから、

 こうなったんじゃないかな・・・と。』

こう、林佳恵さんは言う。

思わず、なるほど。と思ったが、

最近は部屋を片づけられない女性が多いという。

ボボワール的に言えば、ジェンダーは後天的なものだそうだから、

いまの日本社会には男性的な女性がおおいってことかしら。

ま、私もその一人 苦笑

この部屋の惨状から一目瞭然。

平和過ぎたし、何も考えることをしてこなかった

今の日本には

過剰に物が溢れていて、

何も考えないで居ると、

つい、便利とかこつけて

購入してしまう。

断捨離は断つことについても言及していて、

いらない物は入手しないということらしい。

たしかに、私もそれは賛成。

でも、

捨てる作業が

お気に入りの商品を箱にぎっしり詰めて

業者に売り払うだけなら

それは随分愛別離苦が軽くはないか?

しかも、手軽に手放せる分、

即物的な行為に感じる。

煩悩の罪はもっと身にしみて感じないと。

あれ?マゾヒスト的? 笑

あぁ、とにかく、始末。

始末とは始まりと終わり。

間は無いのだ 苦笑

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